私の

車を使っている伯父が、最近車から私の名刺入れを発見したと、伯母から連絡があった。どうりで何処を探しても、引越しをしたのに出てこなかったはずだ。バイト仲間が就職祝いにと買ってくれたオシャレな名刺入れ。
何か九州の美味しいものとかは要らない?と言う伯母の好意に甘えていくつか送ってもらうことにした。
少し話した近況を含むことに、伯父や伯母という立場でモノを見ることはしごく冷静にさせるものだと思った。
濃密だった親戚付き合いに、転勤により隔離された我が家。忙しさも相まって、数年に一度しか姿を見せない(ましてや私は兄弟でも1番姿を見せない)私たちの姿を見ることは、親戚の人達にとってどんな感じだったろうか。思春期の1番顔や姿や雰囲気が変わるときに。
昔から私のことを綺麗だと言ってくれた伯父伯母夫婦、特に伯父はいつか私が恋人を見せることを楽しみにしてくれているかのようなつぶやき。
考えは存外古風すぎて、そんなことは一切ないうちだけれど、そういえば案外親戚はそんな話題は好きだっけ。俗っぽいことがまぁ好きだからなんて伯母は電話口で笑ったが。
遊んで回ることを好まずにいた母に、大学時代に羽根を伸ばした私は遊んで回りながらもどこか罪悪感のようなものも感じたりするときもあって。「ねばならない」という言葉にどれだけ自分自身を苦しめ、それが自分の価値観となってしまってそれを他人に強制し、他人に不快な思いを与えたことか。それ自体がどれだけ自分自身の本来の性質とかけ離れたものであったか。
兄がこの間うちに来たときのその前の顛末を聞いた。わたしが4年5年かけてゆるりゆるりと解いてきた鎖を、どこまでひきずっているのだろうか。私に見せたときの顔はいたって普通だった。
きっと兄も姉も家には戻らない。私も今の東京暮らしは結構気に入っている。でもいつかそのときはくる。前に占ってもらったときに言われた「自分の親なのか、結婚相手の親なのかわからないけど、面倒をみるみたいよ」と言われたことが現実味を帯びた気がした。
私がココロを開ききって、この身を任せられないのはまだ影響があるからかもしれないけれど。少し緩んで良いんだと思わされた今日。