本を

買って、途中まで読んでは放置し・・・ということを繰り返していた。ようやく今日になって読みかけだった本を1冊読み終えた。ずっと前にここでも確か紹介していた歴史洗脳についての本。
私は出身地が長崎県なので学校で戦争教育があるのは当たり前だと思っていた。その後引っ越した地域は、その長崎よりもさらに戦争教育の盛んな、母いわく日教組のバリバリ強い地域。学校自体の雰囲気はのんびりしていて好きだったけれどね。戦争に関する本は、図書館にコーナーが設けてあるくらいで、その本を読めばたいがい日本軍=悪でアメリカ軍=正義なんて方程式が成り立つ内容ばかりだった。特に沖縄戦などはその最たる様子が描かれている。
ガマに逃げ込んだ沖縄の民に日本軍は何と言ったか。アメリカ軍に降伏し捕虜となろうとするのならば殺す。そういった内容ばかりで、一方のアメリカ軍は捕虜に対してすごく親切な扱い。そういった内容を幼い頃から刷り込まれていたら、そりゃそういう方程式も自然と刷り込まれていくわけで。
その後引っ越した地域は一転して戦争教育をほとんど行わない地域で、歴史で少し触れるくらいのものだった。それまでがバリバリの戦争教育だったので、かなり違和感を覚えた。
かといってバリバリの中国やアメリカ賛同というわけでもなくて、ODAの問題や貿易摩擦の関係での反米・反中感情も持ち合わせていた。うちの親が左右どちらの考え方だったのかはよくはわからないが、ただ左の人が言うようなフェミニズムには反対していたし、その道理は私の中にもある程度納得の形で存在している。そういう意味ではうちは保守的な考えなのだろう。
戦争問題に対しては左寄りなはずの私が、すんなり右寄りな考え方を受け入れられたのは、中国や韓国の行き過ぎる内政干渉などに対する反発があったと思う。それからいろいろと日本のこと、日本人の心などを勉強していくうちに、実は日本人は諸外国に比べて残虐的なことを好まないだとか、権力を集中させる社会構造じゃないだとか、そういったことも背景にあったと思う。
洗脳に関して、メディアのうさんくささがネットの世界ではあちこち言われている。私自身日本人はメディアに踊らされているという感覚が、自分自身の流行がテレビなどのメディアから離れたところ(つまりは今、聴いているような音楽)に移行してから、ものすごく感じるようになった。流行だから、といって好きでもないのに取り入れるという姿勢に嫌気がさしてきていた。自ら考え情報を発信すること・情報の取捨選択を行うこと。インターネットは急速に従来のメディアの存在を脅かしつつある。情報統制ができないからだ(それでも中国ではネットでも情報統制をしているらしいが)。mixiなどのニュース関連日記を読んでいると、どちらかといえば右寄りな考え方をする人が多いような気がするのは気のせいか。
まぁ、いろいろ書いたけど、メディアリテラシーというものが急速に叫ばれるようになった。学校でも取り入れているところもでてきているらしい。私もこういう授業を受けてみたかったな。