被災地

に実際に足を運んでみたりもしたけれど、やはりよそ者が見た目線と地元の人が見た目線は大きく違うだろう。
私は好奇心に似た思いで行ったわけだけれど、元々の風景を知っている人からしてみたらまさに絶句する光景で、そこには思い出なんかも当然混じっているわけでだからこそ余計に。
よそ者の私はそれを知らないから、表面的にしかなぞれない。こざっぱりと片付けられつつあることを確認するのみ。
1年経ってもがれきは相変わらず積まれっぱなしで、焼却されることもなく、コンクリートの基礎はそのままで、どちらもそこには雑草なんかが生えている。
あのときの思いが少し風化したようで、久し振りに映像を見た時に、思いの深さの度合いの違いが浮き彫りになったような気がした。
日常に埋もれてる。
でも歴史の大きな瞬間に立ち会っている今なんだ。